アメリカ人の医療宣教師で、音楽も得意でした。襄と同じアンドーヴァー神学校の卒業生で、先輩(ゴードン)後輩(襄)の間柄でした。
元々大阪に住んでいたゴードン。そこに転がり込んだのが、明治7(1874)年アメリカから帰国した襄でした。ゴードンは、外国人が入京できる春の京都博覧会の間だけ、京都市内の三条木屋町(きやまち)に家を借ります。この家こそが、八重と襄が初めて出会った“思いでの場所”でした。兄・覚馬からの勧めもあり、ゴードン宅で聖書を習っていました。
愛犬に「弁慶」という名前をつけていたゴードン。襄の愛犬「弁慶号」と、何らかの関係があるのではないかともいわれています。